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オムロンのトップセールスが挑んだナレッジマネジメント。 グローバル2000名の営業力を底上げできた理由とは?
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センサーやコントローラーなどの制御機器から、体温計をはじめとする医療機器まで、幅広い製品を手がける「オムロン」。日本を代表するグローバル企業でもあります。
グローバル進出を始めたのは1960年代。以来、各国での個別最適化により着々と売り上げを伸長してきましたが、2019年にグローバル全体の営業ナレッジマネジメント*に踏み切ることになりました。
「今のやり方がベストなのに、なぜ今さら?」と、各国から大きな反発を受けながらも、この取り組みを成功させ、グローバルの売り上げを右肩上がりに成長させています。
本記事では、営業変革を推進するポイントについて、グローバルでの営業ナレッジマネジメントを推進されてきた木村直弘さんにお話を伺いました。
*ナレッジマネジメント:個人の持つ知識やノウハウなどのナレッジを共有し、組織の生産性を向上させる方法

木村 直弘(きむら なおひろ)
オムロン株式会社
インダストリアルオートメーションビジネスカンパニー ソリューション営業本部 第4営業統括部 統括部長 経営基幹職
「人脈」で戦うトップセールスが、ナレッジマネジメントの旗振り役に抜てき
――木村さんはグローバルのナレッジマネジメントを推進されたとのことですが、もともとどのような業務をされていたのですか?
私がオムロンに入社したのは25年以上前になりますが、最初は愛知県小牧市にある10数人ほどの小さな営業所で、製造業向けにセンサーやコントローラーを売っていました。
当時、オムロンで主流だった営業スタイルは、とにかく顔と名前を売って人脈を広げる方法。私も担当している企業の名刺を一カ月で200枚集めたこともありました。
しばらくはそのように人脈を広げながら国内の営業を行っていたのですが、グローバル営業への転機が訪れたのが2015年です。
その頃、自動車業界では世界的にEV化が進んでいました。それに伴い車載用のリチウムイオン電池の需要が急速に高まったため、オムロンでは車載用電池製造に必要なソリューションを国内外問わず、あらゆる企業へ売り込むプロジェクトが発足しました。
――そのプロジェクトに指名されたわけですね。
はい。先ほどお伝えした、一カ月で200枚の名刺を集めた企業ですが、実は電池の製造設備を扱っており、その名刺の枚数に目をつけた上層部が、電池関連の知見があると判断し、私をプロジェクトリーダーに指名。そこから3年ほど、日本・韓国・中国を飛び回りながら、電池製造ラインに対するソリューションを売る営業を経験しました。
その後、国内に戻って食品業界の営業統括部長を1年ほど経験した頃、突然本社から招集がかかりました。グローバル営業2000名のナレッジマネジメントを確立するプロジェクトのマネージャーとして、私に白羽の矢が立ったのです。
暗中模索のスタート。営業未経験の若手社員との問答がヒントに
――そもそも、なぜナレッジマネジメントのプロジェクトが立ち上がったのでしょうか?
もともと当社のグローバル営業は、国ごとに個別最適な戦略が立てられていました。
国や地域によって、ビジネススタイルやオムロンの知名度、市場でのポジションはまったく違うので、合理的な方法だったと思います。
そのような背景がある中で、グローバル全体での営業ナレッジマネジメントに踏み込むことになったきっかけは、新型コロナウイルスでした。
ロックダウンや外出制限によって、営業部門内のコミュニケーションが激減し、対面営業がゼロに。オフィス内でのちょっとした気付きの共有や、先輩の営業に同行してスキルを学ぶことも難しくなりました。
各個人で培ってきた営業ナレッジを継承しづらいウィズコロナ時代に、グローバル全体で営業力をどう伸ばしていくか。この問いへ向き合う中で、ナレッジマネジメントを始めることとなったのです。
ただ、当初の私はナレッジマネジメントという方法に対して疑問を持っていました。
前例のないユニークな営業手法による実績を考慮して指名されたのだと理解していましたが、私自身が「人脈」という個人の信頼関係や経験をベースとした属人営業でしたし、100人いれば100通りのやり方があるのが営業だと思っていたので、成果に結び付くイメージをなかなか持てなかったのです。

――そういった疑問を抱えながら、どのようにプロジェクトを進めたのですか?
このプロジェクトは、私と営業未経験の若手とのたった二人、与えられた予算もゼロでスタートしました。
最初は何をナレッジとして共有すればよいのか見当もつかず、他社の成功事例を研究していましたが、私自身にとっては20年以上営業を経験した中ですでに身に付けた営業手法ばかりだったので、本当に全世界で共有するべき内容なのか判断がつきませんでした。
そこで、私が営業として当たり前にやっていることを書き出してみて、チームの若手社員に聞いてみることにしました。
「自分が営業担当者だとしたら、この営業手法ってすぐにできそう?」
すぐに、「無理です」と回答されました。
そこからは、「なぜできないのか?」という理由を深掘りし、「これならどうか?」「あれならどうか?」と壁打ちを続ける日々が続きました。 その過程で気付いたのは、独自の営業手法を早く確立するには、一定の水準まで誰もが再現できる営業ナレッジが必要だということ。そして、そのためには、ナレッジの言語化が不可欠だということです。
2000人の「アカウントプラン」をExcelで収集。1万件以上のナレッジを抽出
――そこから、どうやってナレッジの言語化を進めたのでしょうか?
最初に取り組んだことは、各国の「アカウントプラン」を収集することでした。
アカウントプランとは、担当顧客がどういった課題を抱えているのか、それに対して何を提案してどうやって課題解決するのかの計画書のことを指します。特にオムロンでは、このアカウントプランで決めた計画に対する達成率も評価指標に組み込まれており、どの国でも運用されていました。
われわれは、すべての国で言語化されているアカウントプランに、営業情報把握のナレッジにつながるヒントがあるのではないかと着目したのです。
しかし、そこから実際に各国のアカウントプランに目を通し始めてみると、把握する顧客の情報やフォーマットは国ごとにバラバラで、一筋縄ではいかないなと思いました。
一方で、それらの共通点からベストな形を見つけ、アカウントプラン作成における勘所やコツをまとめられれば、成果が出るとも確信しました。
そうして各国のアカウントプランに目を通し、100個のベストアカウントプランを選出。それらの共通点や傾向を読み解き、アカウントプランで把握すべき顧客情報の21項目を定義しました。その後、予算ゼロで始められるExcelでフォーマット化し、「標準アカウントプラン」としてグローバル営業全体に展開しました。
もちろん21項目を定めて終わり…というわけではありません。スキルレベルが異なる誰もが標準アカウントプランで顧客課題解決シナリオを描くには、その21項目の営業情報を把握するための、「コツやテクニック」を言語化し再現できる必要があったのです。
――項目に沿ってそのまま質問するだけでは引き出せない情報もあるのですね。
例えば、先方の部長に「御社の課題は何ですか」と聞いても欲しい回答を得られる可能性は低いですよね。でも、こちらから「御社の課題はこれらではないでしょうか?」と仮説を資料にまとめて提示すると、「この課題はちょっと違って……」と間違いを指摘するような形で課題を語ってくれたりします。
このようなテクニックを収集するために、グローバル営業2000名全員に、Excelで作成した標準アカウントプランのフォーマットで渾身のアカウントプランを作ってもらい、さらにそれらの情報を顧客から聞き出すためのコツも同時に収集しました。
最終的に集められたコツやテクニックは1万件に達し、それらを項目ごとに整理しました。標準アカウントプランの各項目と再現性のあるナレッジをひも付けて、改めてグローバル全体に展開しました。
こうして、各国に閉じていたナレッジが、グローバル全体に行き渡るようになりました。
日本では当たり前のコツやテクニックも、ほかの国の営業から見れば「こういうものが知りたかった」といったように、価値のあるナレッジだったことに気付き始めます。
こういった小さな積み重ねによって、グローバルにおける「営業ナレッジマネジメント」が市民権を獲得していきました。
重要なのは現場へのリスペクトと目指す姿を掲げ続けること。現場が腹落ちしなければ前進しない
――最後まで順調に進んだようにも聞こえるのですが、実際はいかがだったのでしょうか?
もちろん、すべてが順調というわけではなかったです。
この取り組みでいちばん大変だったのは、ナレッジマネジメントによる変革シナリオを描くフェーズでなく、グローバルに展開するフェーズでした。
ナレッジマネジメントに限った話ではありませんが、何かを変革しようとすると、今の環境に適応した方法など「現状持っている何かを捨てる」ことが発生します。そのため、多かれ少なかれ必ず反発は起きるものです。
今回においても、国ごとに個別最適な戦略がある中で、グローバル全体でナレッジマネジメントを推進しようとしたわけですが、コロナで環境が変わったことによるストレスも相まって、各国からの反発はすさまじいものでした。
――反発を受けながらも、このプロジェクトを推進できたポイントは何だったと思われますか?
このプロジェクトを推進できたポイントは大きく二つ。
現場へのリスペクトを行動で示すことと、目指す姿を掲げ続けることです。
1. 現場へのリスペクトをプランに反映する
標準アカウントプランの21項目を策定した際、ただ各国のアカウントプランを収集・整理してアナウンスするだけでは、絶対に浸透しないと思いました。
「日本国内の営業担当者にわれわれの何が分かるのか」
そういった思いが生まれるはずです。
そこで、各国にナレッジマネジメント推進リーダーを設置し、「あなたの国に特有の内容は、この項目に内包できるようにしてみたのですが、どうでしょうか?」といったように、
何度も相談しながら進めました。
各国の推進リーダーとともに作り上げたという共通認識を醸成するという目的もありましたが、「この人たちは現場を理解した上で作ってくれている」という意識を強め、この取り組みに対するフォロワーを各国に増やしていくという狙いもありました。
さらに、統一ではなく標準化であるというコミュニケーションは特に丁寧に行いました。
現場のことは現場が一番分かっていますから、その良さや価値をつぶさないよう、バラつきをゼロにして統一しようとしているわけではなく、各国にマッチするようにテーラーメイドを前提とした標準を作っているという正しい理解を行き渡らせることも、各国に定着したポイントだったかもしれません。

2. 目指す姿を掲げ続けること
今回の標準アカウントプランの展開は、あえて低コストで柔軟性のあるExcelで行いましたが、先進的なITシステムを活用している国もある中で、「何で今さらExcelを使うんだ。ナンセンスだ!」といった意見も多かったです。
「Excelといったファイル形式の管理でなく、最初からシステム実装すべき」という意見も理解できましたが、われわれはとにかくスモールスタートで早く実行と推進のフェーズに移りたかった。
そんな意見の食い違いの中、Excelでの標準アカウントプランが浸透していったポイントは目指す姿を掲げ続けることだったように思います。
現場が腹落ちできなければ、営業変革は前進しません。しかし、オムロンである限りどの国も目指す姿は同じはずです。だからこそ、目指す姿をよりどころとしたメッセージングを心がけました。
とはいえ、私も人間ですから反発を受けながら前に進める際には、心が折れそうでした。
それでも、この取り組みによる成功例が一つ、また一つと出始め、共感の輪が広がっていった先に集まり始めた、さまざまな国の会ったこともない営業からの「感謝の言葉」。
結局はこれがあったから、やり切れたのかもしれません。
編集部からのまとめ
オムロン様の取り組み事例、いかがでしたか?
営業変革で重要なポイントは推進フェーズにあるということがお分かりいただけたのではないでしょうか。頭で考えてみると当たり前のことですが、意外と見落としがちな点のように思います。
さらに、アカウントプランを標準化した後には、提案書や各種ツールなどの標準化も推進されたとのことです。
Sansanではオムロン様をはじめとする各社のDX推進者を集めた「営業DX Meetup」を定期的に開催中です。
ここでは語り切れなかったオムロン様のナレッジマネジメントのウラ話や、他社の営業DX事例についてご興味のある方は、ぜひお問い合わせください。

ライター
営業DX Handbook 編集部