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「ヨミ」に頼らない案件管理。Sansanの売上を底支えする「7フェーズ」とそのメリットとは?
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今回の記事では、Sansanが行ってきた「受注ファネルのデジタル化」に該当する取り組みについて解説します。
「ファネル」とは、顧客が商品やサービスを知ってから購入に至るまでのフローを、ステップごとに図式化したもので、漏斗(じょうご:funnel)のように下にすぼまった形の概念図で表されることから、この名が付いています。
当社では、このファネルを営業部門で活用し、案件化してから受注に至るまでのフローを区切って整理したものを、「受注ファネル」と呼んでいます。
Sansanではこれから紹介する受注ファネル「7フェーズ」を導入後、営業を含むフロント部門全体でモニタリングする評価指標として活用しており、上場以来続く2桁増収を支える1つの要因ともなっています。
その取り組みの概要や効果について、詳しくご紹介します。
岩崎(いわさき)
Sansan株式会社
Sansan事業部 事業企画部 HRBPグループ
主観ベースの「ヨミ」に頼っていた案件管理
当社の営業部門における案件管理の手法は、ここ数年で大きく変わりました。
以前行われていたのは、いわゆる「ヨミ」という考え方に基づいた管理方法です。
簡単に説明すると、まず、進行中の案件を受注確度によって「Aヨミ」「Bヨミ」「Cヨミ」などとランク付けします。仮に、1案件当たりの提案金額はすべて100万円で、Aヨミ=受注率90%、Bヨミ=受注率60%、Cヨミ=受注率30%と設定したとすると、Aヨミにランク付けされた案件の受注見込み額は90万円、以下同様にBヨミは60万円、Cヨミは30万円となります。
こうして算出された数字を「ヨミ表」に落とし込んで、目標額に対する進捗度を測ったり、目標達成に向けて必要な行動を考えたりするわけです。
このような案件管理方法を採用している企業は、現在も一定数あるのではないでしょうか。
例)よくあるヨミ表
ただし、「ヨミ」による案件管理には課題がありました。
やはり最大の問題は、Aヨミ、Bヨミ、Cヨミなどと分類する際、各担当者の主観に依存し、客観的な基準がないことです。
その結果、正確な現状把握が難しく、次に取るべき行動を見定めることや、受注に至るまでのプロセスのどこに改善点があるのかを特定することが非常に難しくなります。フォーキャストの精度も低くなりがちです。
当社の場合、営業部門の規模がまだ小さかった時は、少数精鋭の営業人員で構成されていたこともあり、「ヨミ」に頼った案件管理方法でもどうにか対応できていました。
豊富な経験と確立された営業メソッドを持った、いわば職人のようなメンバーの集まりであれば、たとえそれぞれのヨミの根拠はバラバラであっても、最終的に目標ラインまで売上を積み上げることは不可能ではないでしょう。
しかし、当社はここ数年で企業規模が急拡大しており、それに伴って営業部門の規模もかなり大きくなっていました。そうなると、全員が最初から一級品の営業戦力、といったような状況はおのずと生まれにくくなります。毎年大きな売上成長を目標としている当社としては、育成も含めた営業力の引き上げはもちろんのこと、膨大な数の案件を適切に管理する必要性も出てきました。
かつての「ヨミ」頼みの手法に限界を感じるようになり、より客観的でデジタルな手法へと変革することになったのです。
受注までのプロセスを客観的な基準で区切った「7フェーズ」を導入
そこで当社が2018年ごろから新たに導入した案件管理の方法が「7フェーズ(7P)」と呼ばれているものです。
その基本的な考え方は、受注プロセス(購買プロセス)を7つのフェーズに分けることです。もともとは、パイプラインマネジメント[1] を徹底していたSalesforce, Inc.で導入されていた案件管理の手法ですが、当社の実情に合わせて若干のチューニングをした上で導入しました。
まずは、7つのフェーズそれぞれがどんな状態を指すのかを確認していきましょう。
[1] 初回のアポイント獲得から受注までの流れを可視化し、分析や改善を行っていくマネジメント手法のこと。
最初のステップに当たるP1は「商談の見極め」。
ここでは、そもそも、その案件を前に進めても問題ないのかどうかを判断します。商談の相手となる企業の業種や規模、特殊事情などを総合的に勘案し、問題がないと判断できればP2へと移行します。
P2は「課題の特定」です。相手企業の現状はどうなっているのか、どんな課題を抱えているのかを特定しようとしている段階を指し、特定が完了することで次のP3へと移行します。
P3は「推進者との提案内容合意」。このフェーズで目指すのは、当社と商談を行っている直接の担当者(推進者)に、提案内容に賛同してもらうことです。背景や導入目的、スケジュール、価格概算などに関して、当社と推進者との目線が合っている状態ともいえます。
P4は「意思決定者との提案内容合意」。このフェーズでは、推進者のみならず、さらに上層の意思決定者からも提案内容への同意が得られている状態を目指します。
P5は「価格/申込日の最終合意」。このフェーズでは、価格やスケジュールなど、より具体的な条件について提示・交渉した上で、意思決定者から最終合意を得られている状態を目指します。
そしてP6の「稟議決裁」を経て、P7の「確定」。すなわち受注(発注)の確定へと至る流れとなります。
営業DXサービス「Sansan」をはじめ、働き方を変えるDXサービスを提供している当社は、BtoB商材であり、かつ簡単に導入を決められる金額でもないため、商談で対面している担当者と決裁者が違うケースや、その他の影響者が間に挟まったりするケースがあります。そうした事情も踏まえた上で、上記のような7つのフェーズで管理する仕組みをとっています。
すべてのフェーズ間には「Exit Criteria(完了条件)」が設定されており、それを満たすことによって初めて次のフェーズへと移行することができます。
このフェーズ管理のポイントは、主観的要素による判断のブレを極力なくすため、「Exit Criteria」に事実や事象を設定することです。
これにより、すべての案件で誰でも正確な現状把握ができるようになっています。
Salesforceで案件情報を管理することで、営業部門の生産性を向上
案件情報の管理は各社の事情に合わせて検討するのが良いかと思いますが、当社の場合はSalesforceで行っています。
Salesforceは営業活動に関する情報を一元管理できるツールで、顧客情報だけでなく案件や商談の情報も蓄積可能です。
案件化したら、各担当者が顧客データにひも付ける形で案件データを作成し、その案件がP1からP7のどのフェーズにあるのかを記録・更新するのはもちろんのこと、商談の内容に関するメモなども記載します。
こうすることで、いつでもチームメンバーの最新の案件状況が一覧で確認できますし、対策が必要な案件の詳細な情報(企業情報、推進者の役回り、過去のやりとり内容など)も素早くキャッチアップできます。
また、すべての案件情報がSalesforceに格納されていることで、全体と比較したときに、各担当者やチーム単位で歩留まりが起こりやすいフェーズの特定も容易です。
7フェーズによる客観的な案件管理をデジタル化しているからこそ、事実と数値を基にしたコミュニケーションができるようになり、無駄な議論の余地がなくなっていきます。結果として意思決定がシンプルになり、的確なアドバイスが素早く循環し、受注を積み上げ続ける営業部門ができあがっているのだと思います。
データ活用で組織全体が進化。営業以外の部門に波及した効果とは
7フェーズの効果は営業部門の中だけにとどまらず、連携して動く他の部門にも改善の手がかりを与えています。
私はセールスイネーブルメント[2] を担当していますが、組織全体や個々人の案件状況に関するデータは、今後の育成方針を立てる上での大きな材料となります。
当社では数十人単位で営業部門の採用を行うこともあり、おのずとマネジメントの難易度も上がりますが、そういう時こそ現状の課題や弱点を示してくれるデータは非常に活用価値が高くなります。
また、案件情報が顧客情報と一元管理されているからこそ、さまざまな形でデータを切り出すことができます。すべての案件のフェーズ転換率を企業規模などの顧客属性で切り出せば、それぞれの傾向が浮き彫りになり、事業計画や事業方針の検討に生かせます。
案件を獲得して営業へパスするインサイドセールス部門においても、各営業担当者の保有案件数とそれぞれのフェーズがSalesforceを見れば一目で分かるので、効率的な案件の振り分けができるようになります。
さらに、マーケティング部門では施策の有効性評価にも活用されています。当社では展示会やイベントなど投資額が大きい施策も数多く展開しているため、それらがどれだけ温度感の高い案件供給に貢献したか、データを基に数値で振り返ることができ、その後の投資判断の有益な材料となるのです。
[2] 営業組織が継続的に成果を上げていくために行われる、人材の育成・改善に向けた取り組みのこと。
7フェーズがSansanの2桁増収を底支え
7フェーズとSalesforceによる案件管理は、営業部門だけでなくSansan事業部全体のPDCAサイクルのスピードを速め、収益の最大化につながったと感じています。
上場以降だけを見ても、売上は133億6200万円(2020年5月期)から255億1000万円(2023年5月期)と3年間でほぼ倍増し、従業員数も直近5年間で約4倍の1698名(2024年5月31日現在)となりました。もちろん、成長要因を一つに限定することはできませんが、この取り組みによる営業基盤の強化が底支えしているといっても差し支えないでしょう。
企業の拡大期においては、営業組織の拡大に伴ってマネジャーの登用も増加します。
登用されたマネジャー層のマネジメントスキルに凹凸が生じるのは避けられないところがあり、それが組織拡大の足かせにもなりかねませんが、先述の通り、当社の「受注ファネルのデジタル化」の取り組みはマネジメントを容易にするものです。スムーズに組織拡大を図る上でも非常に有効な施策だといえます。
もちろん、この手法がすべての企業に当てはまるわけではありませんし、当社としてもまだまだ改善点はあると考えています。
特に、入力業務の負荷が大きくなり過ぎて、営業部門の本業である「売ること」がおろそかになっては本末転倒です。デジタル化の成果をしっかりと実感しつつも、そのあたりのバランスを見極めていく努力はこれからも続けていかなければならないと考えています。
編集部からのまとめ
Sansan事業部の取り組み事例、いかがでしたか? 受注ファネルのデジタル化が営業部門の大きな推進力として機能していることがお分かりいただけたのではないでしょうか。
今後も、他社へのインタビューや営業企画イベントのレポートなど、記事をアップしていきますので、どうぞご期待ください。また当社では、日本における営業DXの未来を切り拓くための議論を行う「営業DX Meetup」というイベントも開催しております。ご興味のある方はぜひお問い合わせいただければ幸いです。
※ SalesforceはSalesforce, Inc.の商標であり、許可のもとで使用しています。
ライター
営業DX Handbook 編集部